スマイル

 

「いたたた…」

 

 

腰が痛い、砕けそうだ。年甲斐もなく2ラウンドにも応じ、朝帰りまでしてしまった。

 

 

「なにやってんだ、私」

 

 

鏡の中の自分に向かって思わずため息を零した。それに加え、目の前に映る自分の姿にさらに溜息がでる。

 

 

荒れた肌に目の下のクマ。我ながらこれはひどい。厚めにファンデを塗らないと隠しきれない。1日お手入れを怠るだけでこれだ。加齢とは恐ろしい。

 

 

 

だけど、昨夜は本当に満足させてもらった。直人にだってあんなに感じたことない。

 

ううん、直人は淡白で、正直物足りないと感じていたこともあった。

 

いつも同じ手順。私のことを探るように触る。それが本当は物足りなくて、もっと無茶くちゃにして、と何度喉の奥からでかかったことか。

 

 

男も十人十色。セックスも色々。

 

 

「……か、」

 

 

一人小さく呟いて、くすんだ顔の上にいつもより少し濃いめの口紅をさっと塗った。

 

 

よし、仕事だ。

 

 

無理やり戦闘モードにギアを入れると、カツカツとヒールを鳴らしながら女子トイレを後にした。
課まで続く綺麗に磨き上げられた廊下を早足で歩く。

 

 

その瞬間、ツンと鼻につくインクの香りが私を出迎えた。それにパタパタと走り回る社員の足音に、響き渡る機械音。

 

 

私は課に着くまでのこの僅かな時間が好きだ。

 

 

今日はなにが起こるのだろうと色んな想像が頭を駆け巡り、緊張感が増していく感覚がたまらない。

 

 

もう何年もここを通り向かっているのだけど、それは例えどんな酷い二日酔いの時でも変わらなかった。

 

 

「主任!」

 

 

突如背後から聞こえてきた声に、足を止め振り返った。

 

 

「あぁ、寧々ちゃん。おはよ」

 

「おはようございます、主任」

 

 

 

緩く巻かれたボブの髪を揺らし、サーモンピンクのスカートをひらつかせながら近づいてきた寧々ちゃんは、今年入社してきたばかりの新人だ。

 

 

「さっそくなんですけど、この前の新しい企画。私なりにまとめてみました」

 

「お、早いね」

 

 

見た目は今時の若い子だけど、中身はしっかりしていて尚且つ意欲的。

 

そんなところに好感を持った私は、課の中では一番可愛がっている。

 

 

 

「後で目通しておく」

 

 

差し出された冊子を受け取ると、お寧々ちゃんはお願いしますと言ってぺこりと頭をさげた。今日も彼女のスマイルは可愛い。

 

一瞬、私の爪先から頭のてっぺんまでなぞるように見ていたような気もしたけど、昨日の同じ服だということにはどうやら気がついていないようだ。

 

彼女ならきっとずばっと聞いてくるはずだし。よかった。

 

 

「あの……ところで主任。大丈夫なんですか?」

 

 

 

すると数歩後ろからついてくる寧々ちゃんが、ポツリとそういった。

 

 

「大丈夫って。なにが?」

 

「なにがって、結婚のことですよ!」

 

「あ?あ、」

 

 

そのこと。またすっかり忘れていた。どうりでさっきからひそひそとみんなが通り過ぎざまに見てくるはずだ。

 

 

「昨日課長との話が聞こえてきて。すごくビックリしちゃいました。だって主任たちラブラブだって言ってたし」

 

 

 

ラ、ラブラブ……

 

そんな寒いこと、言った覚えはないが。

 

 

 

「心配してくれてありがと、寧々ちゃん。でも私なら大丈夫だから。仕事にも支障がないようにするし」

 

「主任……」

 

「あ、そうそう。その主任っていう肩書きもなくなる予定なの。だからこれからは普通に名前で呼んでくれる?」

 

「えっ!?それってどういう…?!」

 

 

大声を張り上げ、困惑ぎみに覗き込んできた寧々ちゃん。

 

 

まだ公には正式発表されていないけど、私は昨日課長から言われたことを彼女に話した。