セックスはしたい

 

「大丈夫です?もう帰ったほうが」

 

「んー……平気平気。眠ったりしないから」

 

 

マスターが上から心配そうな視線を向けているのがわかる。でもぐわんぐわん景色が回って、顔が上げられなかった。調子に乗って飲みすぎたと気がついた時には遅かった。

 

29歳にもなって自分の容量もわからないなんて。あぁ、本当。私なにしているんだろう。情けない。

 

 

 

そういえばこんな時、いつもだったら電話一本ですぐ直人が迎えに来てくれていたっけ。酔いつぶれた私を、仕方ないなぁなんて言いながら家まで送り届けてくれて。

 

そして二人で家で飲み直して、気分のまま流れるようにセックスをして。週末だったら朝までまったりベットで過ごしたな。

 

 

だけどもうそんな甘い日常は取り戻せないし、今後誰かとそんな時間を過ごすことは恐らくない。

 

 

なぜなら私は、彼の口から別れようと発せられたあの瞬間に決めたことがあった。

 

それは一生一人で生きていくということだ。

 

 

単純な話、男はこりごり。それにその覚悟を決めるのは早い方がいいと、先月定年退職した御局様も言っていた。

 

 

だから私もこれから彼女のように、自分の食いぶちは自分で稼いで、甥や姪にお年玉やクリスマスプレゼントを配って。返ってくることのない祝儀を包むだけ包んで。

 

それが落ち着いたらマンションでも買って、自然と猫なんて飼いだすんだろう、なんてすでにそんな想像までしている。

 

今時そんな生き方も珍しくないし、それで十分。嫁姑バトルなんて無駄な論争に巻き込まれることもないし平穏に暮らせる。男なんて必要ない。

 

 

……とはいえ私も一端の女。

 

 

 

「セックスはしたいよなぁ……」

 

 

 

これまで諦めろというのは酷な話だ。

 

 

 

「あの、閉店時間みたいですけど」

 

 

 

すると、うとうとする私の後方から突如低い声が聞こえてきた。

 

ハッとして身体を起こし振り返ると、そこには先ほど入ってきたサラリーマン風の男性が私を静かに見下ろしていた。

 

 

 

「えっ、閉店時間……?やだ、本当だ。マスター。お会計してもらえる?」

 

 

 

男に言われ時計を確認してみると、僅かに閉店時間を過ぎていた。もしかするとさっきのカクテルも、オーダーストップ後に注文してしまったのかもしれない。
ごめんなさいとマスターに謝ると、目の前に出された伝票を確認し支払いを済ませた。

 

 

 

「また来るね、ごちそうさま」

 

「お気をつけて、お待ちしてます」

 

 

 

ニコリと柔らかく微笑むマスター。その笑顔にいつも癒される。

 

もう時間ですからって、はっきり言ってくれていいのに。本当、優しいんだから。

 

 

 

ふらつく足取りで外に出ると、タクシーでも待っているのか、先ほどの男がいた。

 

よくよく見るとスラリと背が高くて、スーツ映えする体型。それに柔らかそうな髪が、夜風に揺れている。

 

 

きっとこの人。困っているマスターを見兼ね私に声をかけてきたんだろう。

 

 

一言お礼をと思い、背後からすいませんと声をかけた。すると男性はスマホから視線を離し、ゆっくりと振り返った。