失恋したのに仕事のことが

 

ここ、シャノワールは私の秘密の隠れ家的存在。

 

 

仕事で嫌なことがあった時、彼氏と喧嘩したときはいつもこのカウンターで一人愚痴を零した。

 

愚痴を聞いてくれる友達もいないのか、と聞かれればそうではなく。そんな存在の人物、いるにはにいるのだが、どうも私にはそんな真似できない。

 

寧ろどうして友達に零さないといけないのだと、プライドがそれを許さないのだ。

 

 

慰められたり、一緒に頑張ろう!なんて言われた日には吐き気がするし、どうせ心の中では人の不幸を笑ってるんでしょ?なんて疑ってしまう。

 

 

 

そう、全く可愛げのない女なのだ。

 

昼間、フロアで報告したのだって結局、傷ついてなんかいませんよ、という強がりなパフォーマンスでもあったわけで。

 

この非常に面倒くさい性格は、歳をとるごとに強まっているようにも思える。

 

 

これだから三十路間近の女は厄介で困る。なんて巷で言われている所以は、私のような女が蔓延していることが原因なのだろう。

 

そんな私にはどこかミステリアスな雰囲気を纏う物静かなマスターと、お世辞にも繁盛しているとは言えないこの場所が気に入っている。

 

 

「頑張って勉強して、成績上げてやっとJ&Dの営業部の主任になれたのに。失う時はあっけないものね」

 

 

私の唯一の誇りだった。

 

 

 

「佐和さん、さっきから仕事のことばかり言ってますけど、彼氏のことはいいんですか?」

 

 

すると珍しくマスターがグラスを拭きながら口を開いた。その言葉にハッとした。

 

 

そうだ、私失恋したのに仕事のことばかり。

 

だけど正直。別れたことより、今は主任を外されたことのほうがショックが大きい。

 

 

「でももう終わったことだし、今更どうこう言ってもね」

 

 

ため息まじりにそう言うと、マスターは目元だけ笑ってそれ以上何も言わなかった。呆れているんだろう。

 

 

とはいえ、私だってプロポーズされたときはちゃんと嬉しかった。この人となら上手くいくって信じていた。

 

家庭に入って欲しいから仕事を辞めてくれと言われた時もすごく悩んだけど、母子家庭で育ちで、寂しい幼少期を過ごした彼の気持ちを汲んで大好きな仕事も辞めることにした。

 

 

そこまで出来た相手だったのに。フラれた途端すっかり頭の中から抜け落ちてしまっている。しかもよくよく考えたら涙さえ流していない。

 

 

……あぁ、私。直人のことを本気じゃなかったのかな。

 

 

持っていたグラスをテーブルに置くと、盛大に溜息をつきながらその場に突っ伏した。言いたいことだけ言い終えると、急速に酔いが回り始めた。