破談

「突然で申し訳ないのですが、寿退社の件は取り消しさせてください」

 

 

私の言葉に、始業前のフロアが一瞬にして静かになった。それでも私は困り果てた課長を前に頭を下げ続けた。

 

 

四方八方からは好奇の視線が降り注ぐ。だがそんなの昨夜から予測ずみだし、覚悟の上。

 

 

なにもこんな人前で、そんな恥を晒す事ないじゃないかと言う人もいるかもしれない。だがこんな特上のネタ。いずれバレる。

 

 

噂なんて本人の意思に反してあっという間に広まるのだから、こっそり頭を下げようが、堂々と頭を下げようが結果同じ。

 

 

だから私はあえてこの戦場で、結婚が破談になったことを上司である課長に報告していた。

 

「えっ……と、それはつまり」

 

「結婚が破談になりました。ですから、これからも仕事を続けたく、お願いに上がった次第です」

 

 

堂々と。坦々と。まるで業務連絡のように言う私に、物腰が柔らかく穏やかな課長は目を丸くてしていた。そんな課長を真っ直ぐ見つめる。

 

 

「まだ間に合いますよね?」

 

「……たぶん」

 

「それじゃあ、」

 

 

思わずダンッ、とデスクに手をついた。するとやや仰け反った課長がまぁまぁと私を宥めた。

 

 

「失礼しました」

 

「……事情はわかった。上には僕から言っておくよ」

 

 

そして大変だったね、と空調の風で頼りなく揺れる髪を撫でながら課長は静かにそう言った。

 

 

「ありがとうございます、課長」

 

 

よかった、辞めなくてすむ。肩の力が抜け、それと同時に小さくため息が漏れた。

 

 

だがそれも束の間、課長はしかし困ったことになったな、と言ってデスクが並ぶフロアをぼんやり眺め始めた。不思議に思い、私もすぐに課長の視線を辿った。

 

 

すると後方では、さっそく噂話を繰り広げていたであろう女子たちが私の視線に気付き、蜘蛛の子を散らすように持ち場へと着くのが見えた。

 

まったく。いつもダラダラしているのにこんなときばかりはフットワーク軽いんだから。

 

 

 

「東雲さん、実を言うとね……」

 

「あ、はい」

 

 

眉間にシワを寄せていると、課長が先程とは打って変わってどこか神妙な顔つきで私を見据えていた。

 

 

……コクンと喉が鳴った。
なんだろう。課長は何を言おうとしている?全く予想できなかった。

 

 

 

確かに先月、結婚するから退社すると報告した。だが昨夜破談になり、私は悲しむより先に色んなことを調べた。

 

退社の取り消しはできるのか、保険はどうなるのか、年金は?税金は?等々。

 

 

一晩中色んな物を読み漁った結果。特に問題ないと言う結論にいたった。

 

 

 

 

だが念のために、総務課に勤める知人にも確かめた。

 

知人曰く、半年も先の話だったわけだし、事務的な手続き上もまだ余裕で間に合うはずだという回答をもらった。

 

 

だから私は朝一で課長の元を訪れたというのに。何を困ることがあるというのだろう。



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